5月20日から22日にかけて、京都で行われた日本神経学会学術大会に参加してきました。印象的だった内容につき記しておきたいと思います。
アルツハイマー型認知症は、脳内にβ-アミロイドという物質の沈着がみられるということを聞いたことのある方もおいでになるでしょう。そのβ-アミロイドが原因なのか結果なのかについてはまだ議論の余地があります。一方脳内ではなく、脳の血管にアミロイドが沈着して、血管がもろくなり、結果的に脳出血を起こす疾患があります。脳アミロイドアンギオパチーといいます。同じ脳内なのに「脳」と「脳の血管」になぜ分けるかと申しますと、脳の血管は特殊な構造をしていて、脳内に容易に異物が入らないようになっております。その詳細はここでは省きますが、「脳血管関門」と言います。例えば脳のエネルギー源は分子量の小さい「糖」のみです。タンパク質や脂肪などの栄養は脳血管関門に阻まれて通過できません。もちろん例外はあります。
私がその話を聞いたときに、当時の信州大学の研究者、のちの教授になる、池田修一先生に尋ねたことがあります。池田先生は当時海外の留学から帰って来られたばかりで、アミロイドについての最新の知識を携えて、当時の我々医学生に講義をしてくださったのです。私の質問は非常にシンプルでした。「同じアミロイドなのになぜ脳内のアミロイドはアルツハイマー病を引き起こし、血管に蓄積されるアミロイドと異なるのか。そもそも脳内のアミロイドはどこからやってきたものなのか」これが私の質問の概要です。もちろん、アミロイドにもいろいろな種類があり、肝臓に蓄積するものや末梢神経(手足を動かしたり感覚を感じたりする、いわゆる神経です)に蓄積するものもあります。そして、大きい分子のため、通常は脳内に入るメカニズムが何か、血管を通るものがありうるのか、そこが疑問でした。池田先生は私にこうおっしゃられました。「そこなんだよねぇ。不思議だよねぇ」。
30年の時を経て、現在はある程度のことがわかってきたようです。今回の学会で、その答えに近いものを聞くことができました。それは、ハーバード大学のGreenberg先生の講演でした。私の英語力不足もあり、十分な理解が出来なかったせいもありますが、先生によると、脳アミロイドアンギオパチーとアルツハイマー型認知症のβ-アミロイドは、脳血管関門の透過性(通過するかしないか)障害に起因するものであるという考え方でした。脳血管にアミロイドが増えたり、透過性が低下すると脳血管のアミロイドと脳内のアミロイドが、血管のアミロイドの除去と脳内のアミロイドの沈着に関与している、というような内容でした。ちょっとわかりにくいですね。脳の血管のアミロイドと、脳のアミロイドは、相互に作用しあって、脳内への沈着を抑制しようとする力と、そのために起こりうる脳血管のアミロイドの沈着と、複雑な補完関係にあるというお話です。アルツハイマー型認知症は認知機能障害を起こしますが、アミロイドアンギオパチーも認知機能障害を起こしうるというのがその根拠の一つであるとも述べられておりました。脳内にはまだまだ分からない出来事が起こっています。
今回新しく開発された認知症治療薬は、ごく早期の認知症に効果があるといわれています。「アデュカヌマブ」という薬ですが、脳内のβ-アミロイドを減らすことにより、進行抑制、認知機能改善に効果があるとされます。ただ、いいお値段です。私の中で、ひとつの答えに対する手掛かりが、学会に出席することにより、少し疑問が解けてきました。
アルツハイマー病だけではなく、アミロイドアンギオパチーを含めたアミロイド沈着病などを含む、いわゆる神経難病に対する、新しい治療薬のステップが見つかることを願ってやみません。